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ティェンタオの自由訳漢詩 杜牧139ー144

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 杜牧ー139
   春日茶山 病不       春日の茶山 病みて酒を飲
   飲酒 因呈賓客       まず 因りて賓客に呈す

  笙歌登画船     笙歌(しょうか)  画船(がせん)に登(のぼ)る
  十日清明前     十日(じゅうじつ) 清明(せいめい)の前
  山秀白雲膩     山秀(ひい)でて  白雲(はくうん)膩(つやや)かに
  渓光紅粉鮮     渓(たに)光りて  紅粉(こうふん)鮮かなり
  欲開未開花     開かんと欲して  未だ開かざる花
  半陰半晴天     半ば陰(くも)り  半ば晴れたる天(てん)
  誰知病太守     誰(たれ)か知らん  病太守(びょうたいしゅ)も
  猶得作茶仙     猶(な)お茶仙(ちゃせん)と作(な)るを得たり

  ⊂訳⊃
          音曲も賑やかに画船に乗る
          あと十日で  清明節だ
          山はひいで  白雲は空につややか
          谷川は煌めいて流れ  歌姫の紅もあざやか
          咲こうとして  いまだ開かぬ花々よ
          半ばはくもり  半ばは晴れの青空だ
          誰も知るまい この病身の太守殿
          酒仙はだめでも  茶仙になれる


 ⊂ものがたり⊃ 明ければ大中五年(851)の春です。湖州の春を杜牧はやすらかな気持ちで迎えました。中国における飲茶の風習は、このときから百年ほど前に民間に拡がったもので、安史の乱後になります。
 江南の山間地は茶の自生地として有名ですが、なかでも湖州産の茶は最高とされ、湖州の西北五十里余(約30km)のところにある顧渚山(こしょさん:湖州市長興県の北)は別名茶山と称され、紫筍茶(しじゅんちゃ)の産地として知られていました。
 紫筍茶は深山幽谷に自生する茶で、宮廷用の貢茶(こうちゃ)に指定されていました。毎年二月になると、現地に入って献上茶の採取と製造を監督するのが、湖州刺史の役目のひとつでした。
 杜牧は清明節も近い二月中旬、湖に画船(彩色した遊覧船)を浮かべて賓客をもてなしました。杜牧はこのころ消渇(しょうかち)の疾、つまり糖尿病を患っていて酒をつつしんでいました。だから船上での酒宴の座興に詩を呈し、酒仙はだめだが「茶仙」にはなれると詠って、一座の気分を盛り立てます。船上には州廨(州の役所)の歌妓もはべり、にぎやかな音楽が演奏されます。

 杜牧ー140
   入茶山下 題水        茶山の下に入り 水口の
   口草市 絶句          草市に題す 絶句

  倚渓侵嶺多高樹   渓(たに)に倚(よ)り嶺(みね)を侵して  高樹多し
  誇酒書旗有小楼   酒(さけ)を誇り旗(はた)に書して  小楼有り
  驚起鴛鴦豈無恨   驚起(けいき)せる鴛鴦(えんおう)  豈(あ)に恨み無からんや
  一双飛去却廻頭   一双(いっそう)飛び去り  却(ま)た頭(こうべ)を廻(めぐ)らす

  ⊂訳⊃
          谷川から山の上  木立は繁り

          旗に銘酒の名前  小さな酒楼がある

          人の影に驚いて  鴛鴦が飛び立った

          つがいの鳥は去りながら  恨めしそうに振りかえる


 ⊂ものがたり⊃ 茶山に入るには、谷川の径を登って山間に分け入らなければならなりません。詩題の「水口」(すいこう)は水口鎮(浙江省長興県の西北)のことで、茶山の麓にある郷村です。そこの「草市」(そうし:村市場)に酒屋があり、銘酒の名前を書いた旗がなびいています。
 「却た頭を廻らす」のは飛び立った「鴛鴦」(おしどり)ではなく、好きな酒を飲めない杜牧自身でしょう。この詩は自分を材料におどけてみせる社交の詩と思います。

 杜牧ー141
   茶山下作            茶山の下にて作る

  春風最窈窕     春風(しゅんぷう)  最も窈窕(ようちょう)たり
  日晩柳村西     日は晩(く)る  柳村(りゅうそん)の西
  嬌雲光占岫     嬌雲(きょううん)  光りて岫(みね)を占め
  健水鳴分渓     健水(けんすい)  鳴りて渓(たに)を分かつ
  燎巌野花遠     巌(いわお)を燎(や)いて  野花(やか)遠く
  戛瑟幽鳥啼     瑟(しつ)を戛(う)って  幽鳥(ゆうちょう)啼く
  把酒坐芳草     酒を把(と)りて  芳草(ほうそう)に坐せば
  亦有佳人攜     亦(ま)た佳人(かじん)の携(たずさ)うる有り

  ⊂訳⊃
          軽やかに  春風は吹き
          夕陽は   村の西にかたむく
          茜の雲は  峰に照り映え
          流れは迸つて  谷川に轟きわたる
          野の花は  岩山に紅く燃え
          葉陰では  鳥が瑟を掻き鳴らす
          草むらに坐して  酒杯を把れば
          そばに寄りそう  美女がいる


 ⊂ものがたり⊃ 貢茶監督の一行は、すでに茶山の近くに到着しています。「柳村」は水口鎮の東にあり、柳の美しい小村でした。製品になった紫筍茶は、ここで船に積み込まれて運び出されます。杜牧ら監督官の一行は官妓をともなっており、晩春の野で酒宴がひらかれます。「亦た佳人の携うる有り」と、そばに美人を寄りそわせているのです。
 杜牧はいささか浮かれ過ぎていたようです。茶山に滞在していたとき、揚州の弟杜の死去の報せが届きました。享年四十五歳でした。眼疾のため一生をなすところなく過ごした杜の死は二月のことで、報せは杜牧の出張先に届いたのです。杜牧は愕然として、しばらくは口をひらくことができませんでした。

 杜牧ー142
    題禅院                 禅院に題す

  觥船一棹百分空   觥船(こうせん)一棹(いっとう)すれば  百分(ひゃくぶん)空(むな)し
  十歳青春不負公   十歳の青春   公(こう)に負(そむ)かず
  今日鬢糸禅榻畔   今日(こんにち)  鬢糸(びんし)  禅榻(ぜんとう)の畔(ほとり)
  茶煙軽颺落花風   茶煙(ちゃえん)軽く颺(あが)る  落花(らっか)の風

  ⊂訳⊃
          杯をぐいと飲めば  酒はたちまち空になる

          青春の日々を十年  赴くままに生きてきた

          両鬢もいまは衰え  禅寺の椅子に坐す

          立ち昇る茶の煙に  落花の風が吹いている


 ⊂ものがたり⊃ 詩題の「禅院」は柳村にあったかも知れません。また水口鎮の吉祥院の東廊には貢茶院も設けられていたといいますので、吉祥院にあったかも知れません。
 「觥船」は舟の形をした大杯で、酒を断っていた杜牧は、それを一気にぐいと飲み干します。「十歳の青春 公に負かず」であった自分の人生を思えば、飲まずにはいられない心境であったでしょう。茶釜からは茶を煮る湯気が立ち昇り、風に落花が舞っていました。
 この詩からは、弟の死に遇った杜牧の落胆の憶いが切々と伝わってきます。茶山のつとめがまだ終わっていませんので、杜牧は揚州に行って弟の仮埋葬に立ち会うこともできません。つとめが終わっていても、州刺史はみだりに任地の外に出るのを禁ぜられていましたので、送金をして埋葬させたかも知れません。

 杜牧ー144
     歎花                 花を歎く

  自恨尋芳到已遅   自ら恨む  芳(ほう)を尋ねて  到ること已(はなは)だ遅きを
  往年曾見未開時   往年曾(かつ)て見る  未だ開かざるの時
  如今風擺花狼藉   如今(じょこん)  風擺(ふる)いて  花狼藉(ろうぜき)たり
  緑葉成陰子満枝   緑葉(りょくよう)  陰(かげ)を成して  子(み)  枝に満つ

  ⊂訳⊃
          かつてみそめた美しい花  花の蕾を

          年へて尋ねると  恨みは深い

          風は吹き荒れて  無残に花は散り

          緑の葉陰に  実がいっぱいついている


 ⊂ものがたり⊃ この詩については『太平広記』に引く『唐闕史』につぎのような話が載せられているそうです。「杜牧は宣州の幕中にいた若いころ、湖州に遊び、十余歳の美少女を見かけて、その母親に会い、結納金を渡して約束した。私は十年も経たないうちに、ここの長官(州刺史)となる。もし十年たっても来なかったならば、他の人に嫁がせてよいと。その後、諸州の長官を歴任し、ようやく湖州刺史になったときは、すでに十四年が過ぎていた。約束の娘は三年前に嫁ぎ、三人の子を生んでいた。そこで詩を賦(つく)りて曰く…」。
 この話のようなことがあったかも知れませんが、巷間の雑書に載せられたこの種のお話は作り話とみるのが無難でしょう。この詩は杜牧が自分自身のこと顧みて詠んだと考えるのが、湖州時代の杜牧ににふさわしいと思います。
 自分は若いときから詩に目覚め、生涯に作った詩(子)は枝に満ちているが、「往年」の詩と比べてすぐれていると思う作品がどれだけあるだろうかと、「花狼藉」ともいうべき自分の生涯に憶いを馳せた作品と考えるのが適当でしょう。

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