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ティェンタオの自由訳漢詩 清ー朱彛尊

 清17ー朱彛尊
   雨後卽事              雨後即事

  暑雨涼初過     暑雨(しょう)   涼(りょう)  初めて過(よ)ぎり
  高雲薄未帰     高雲(こううん)  薄くして未(いま)だ帰らず
  泠泠山溜遍     泠泠(れいれい)として山溜(さんりゅう)遍(あまね)く
  淅淅野風微     淅淅(せきせき)として野風(やふう)微(かす)かなり
  日気晴虹断     日気(にっき)   晴虹(せいこう)断え
  霞光白鳥飛     霞光(かこう)   白鳥(はくちょう)飛ぶ
  農人乍相見     農人(のうじん)  乍(たちま)ち相見(あいみ)て
  歓笑款柴扉     歓笑(かんしょう)して柴扉(さいひ)を款(たた)く

  ⊂訳⊃
          夏のにわか雨  涼しさがさっと通り過ぎ
          空の薄雲は   まだ消えずに浮かんでいる
          辺りの山では  すがすがしい水が流れ落ち
          野を吹く風の   かすかな音が聞こえる
          照りつける太陽に  虹の橋は断ち切られ
          かすむ光のなかを  白鳥が飛んでいく
          農夫たちは  顔を見合わせて喜び
          笑いながら  わたしの家の門を敲くのだ


 ⊂ものがたり⊃ 順治十八年(1661)正月、順治帝は二十四歳の若さで急死します。天然痘にかかって死んだとされていますが、寵愛する董貴妃(とうきひ)の死を悼んで出家し、五台山清涼寺にはいったという伝えもあります。ただちに八歳の愛新覚羅玄燁(げんよう)が即位して康熙帝となります。
 康煕八年(1669)、十六歳になった康熙帝は輔政大臣を排して親政に移ります。清は中国全土を支配下においていましたが、華南の海岸部と西南内陸部には建国に協力した明の降将を王に封じて藩鎮としていました。福建の靖南王耿継茂(こうけいも)とその後継者の耿精忠(こせいちゅう)、広州の平南王尚可喜(しょうかき)とその子の尚之信(しょうししん)、雲南の平西王呉三桂(ごさんけい)の三将です。なかでも雲南の呉三桂は北京から遠隔の地にあり、隣接するチベットと交易をおこなって自立の傾向がありました。
 康煕十二年(1673)、広州の尚可喜が引退して地位を子の尚之信に譲りたいという願いを朝廷に提出しました。中央集権の強化を目論んでいた二十歳の康熙帝は、地位の世襲を許さず撤藩を命じました。他の二藩にも撤藩を命じましたので、呉三桂は天下都招討兵馬大元帥と称して反清の兵をあげます。翌十三年には福建の耿精忠も反清の旗をかかげ、十五年には広州の尚之信が父親の屋敷をかこんで憤死させ、呉三桂に組しましたた。
 康熙帝は大胆にも漢兵からなる三藩討伐の軍をだし、まず広州の尚之信をくだし、康煕十六年(1677)には福建の耿精忠も降伏させます。呉三桂は雲南から湖南に進出し、康煕十七年三月には衡州(湖南省衡陽市)を首都として帝位に就きましたが、八月に死去しました。孫の呉世璠(ごせいはん)は帝位を継いで雲南に引き揚げますが、追い詰められて康煕二十年(1681)に自殺します。
 康熙帝の治世六十一年のはじめ二十年間、江南以北では安定した政事がおこなわれ、漢人知識人で清朝に仕えて詩人として名をあげる者が出てきます。後世「南朱北王」と称される朱彛尊(しゅいそん)と王士禛の年齢は五歳しか違いませんが、経歴は江南生まれと華北生まれの差をしめして歴然としています。
 古学を尊重する姿勢は共通であっても、江南生まれの朱彛尊は反清から同化へとむかう過渡期の姿をとどめており、華北生まれの王士禛は「宣城体」の詩風を打ちたて古淡や余韻を愛する自由で余裕のある抒情をよみがえらせます。しかし、反清抵抗時代の激しさは影をひそめていくのです。
 朱彛尊(1629―1709)は秀水(浙江省嘉興県)の人。明の崇禎二年(1629)に生まれ、十六歳のときに明の滅亡にあいます。官途を志さず、各地を遊歴して古学を修め、在野の学者・詩人として名をあげます。康煕十八年(1679)、五十一歳のときに博学鴻詞科の試験に応じて及第し、布衣の身からいきなり翰林院検討に任じられます。『明史』の編纂に従事し、経史の学は顧炎武とならび称されるようになります。詩は王士禛とともに「南朱北王」と称され、康煕四十八年(1709)に亡くなります。享年八十一歳です。
 詩題の「即事」(そくじ)は見たままをその場で詠うことです。順治四年(1647)、十九歳のときの作とされており、盛夏、夕立のあとの田園風景を描きます。中四句二聯の対句を前後の各二句で囲む五言律詩で、冒頭の「暑雨」は夏の雨。はじめの二句で雨後の清涼感を描写します。
 中四句のはじめの対句は「山溜」(山から流れ落ちる水)と雨後の「野風」をとらえ、つづく対句は雨後の虹の消えていくようすと靄のなかを飛ぶ白鳥を描きます。そして結びの二句で滋雨を喜ぶ農民の姿を出しているのは、社会に関心のある発想でしょう。「款」は款門のことで、門扉をたたくことです。

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