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ティェンタオの自由訳漢詩 1881

 初唐21ー劉希夷
   代悲白頭翁         白頭を悲しむ翁に代る      (中?八句)

  此翁白頭真可憐   此の翁(おう)  白頭(はくとう)  真(まこと)に憐れむ可し
  伊昔紅顔美少年   伊(こ)れ昔   紅顔の美少年
  公子王孫芳樹下   公子王孫  芳樹(ほうじゅ)の下(もと)
  清歌妙舞落花前   清歌妙舞  落花(らっか)の前
  光禄池台開錦繡   光禄(こうろく)の池台  錦繡(きんしゅう)を開き
  将軍楼閣画神仙   将軍の楼閣(ろうかく)  神仙(しんせん)を画(えが)く
  一朝臥病無相識   一朝(いっちょう)    病に臥(ふ)して相識(そうしき)無く
  三春行楽在誰辺   三春の行楽(こうらく)  誰が辺(へん)にか在る

  ⊂訳⊃
          白髪頭の老人こそ  まことに哀れ
          だがこれでも昔は  紅顔の美少年
          公子王孫の若者だ  美しい木蔭  落花の中で
          清らかに舞い歌う  青春の時もあったのだ
          光禄大夫の邸宅は  池台に錦繡の華やかさ
          大将軍の楼閣には  神仙の像が描かれていた
          だが一たび病に臥すと  訪ねてくる友はなく
          春の行楽の日は消えて  どこにいったかわからない


 ⊂ものがたり⊃ 中?の八句は白頭翁の人生の紹介です。まず、この白髪の老人も昔は「紅顔の美少年」であったと詠います。「公子王孫」は裕福な家柄、名門の若者を示す決まり文句で、華やかな青春時代を送ったのだと言います。
 「光禄」は光禄勲のことで、漢の外戚光禄勲王根(おうこん)は邸内の池に台を築き、豪華な建物を建てたと言われています。「将軍」は後漢の大将軍梁冀(りょうき)のことで、皇后の兄、広大な邸宅を建て、その壁に神仙の絵を描かせて贅美を尽くしたと言います。
 そうした貴門に出入りしていた自分も、ある日突然病の床に臥してからというもの、知人たちも訪ねて来なくなり、「三春」(春の三か月)の行楽も無縁なものになった歎きます。

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