北宋11ー魏野
書友人屋壁 友人の屋壁に書す
達人軽禄位 達人(たつじん) 禄位(ろくい)を軽(かろ)んじ
居処傍林泉 居処(きょしょ) 林泉(りんせん)に傍(そ)う
洗硯魚呑墨 硯(すずり)を洗えば 魚は墨を呑み
烹茶鶴避煙 茶を烹(に)れば 鶴は煙を避く
閑惟歌聖代 閑にして惟(ただ) 聖代(せいだい)を歌い
老不恨流年 老いて流年(りゅうねん)を恨(うら)みず
静想閑来者 静かに想う 閑来(かんらい)の者
還応我最偏 還(ま)た応(まさ)に 我 最も偏(へん)なるべし
⊂訳⊃
達観している君は 官職を軽くみて
林の近く泉の傍らに 住んでいる
硯を洗えば 池の魚が墨を飲みこみ
茶を立てれば 庭の鶴が湯気を避ける
閑雅な境地で 太平の世を詩に詠い
老いても 過ぎゆく歳月を惜しみはしない
私は思うのだが 君を訪ねて来る者のなかで
一番の偏屈者は やはりこのわたしであろう
⊂ものがたり⊃ 都の高官で詩人である王禹偁や寇準らと同時代に、在野の詩人で唐代の詩に範をとる人々がいました。魏野(ぎや)・潘閬・林逋といった人々で、在朝の詩人とあわせて晩唐派と呼ばれています。詩はむしろ在野の詩人の方に見るべきものがあります。
魏野(960ー1019)はもと蜀(四川省)の人。陝州(河南省三門峡市陝県)に移り住み、生涯を布衣(ほい)として過ごしました。なんによって生活を維持していたのかは不明ですが隠者ではありません。在野の名士として政府ともつながりがあり、詩名は北方の遼にとどくほど有名でした。推薦する人もいましたが、入朝は断わったという逸話があります。真宗の天禧三年(1019)になくなり、享年六十歳です。死後に秘書省著作郎を贈られました。
詩題を「逸人兪大中(ゆだいちゅう)の屋壁(おくへき)に書す」とするテキストがあり、詩中で「達人」と呼ばれている人物は「兪大中」(経歴不詳)という名とみられます。隠者のように描かれていますが、当時は唐代の貴族や高官の末裔で、没落していても生活するのに充分な荘園をもち、官職につかず閑雅をこととする者がいました。「兪大中」もそのような人物でしょう。
五言律詩、はじめの二句は導入部です。まず「達人」(物事を達観している人)と呼んで、友人の暮らしぶりを紹介し、中四句でその暮らしぶりをいろんな角度から描きます。最初の対句で取り上げる硯と茶は風雅な暮らしの象徴です。「魚は墨を呑み」「鶴は煙を避く」という着想は警抜で、傑作として有名です。つぎの対句では閑雅な境地で詩をつくり、齷齪せずに生きている姿を褒めます。
結びの二句は友人の達観した生き方に触発されて思う自分自身のことで、君を訪ねて来る者のなかで、私がやはり世俗から一番遠い人間だなあと友人の生き方に共感してみせるのです。
書友人屋壁 友人の屋壁に書す
達人軽禄位 達人(たつじん) 禄位(ろくい)を軽(かろ)んじ
居処傍林泉 居処(きょしょ) 林泉(りんせん)に傍(そ)う
洗硯魚呑墨 硯(すずり)を洗えば 魚は墨を呑み
烹茶鶴避煙 茶を烹(に)れば 鶴は煙を避く
閑惟歌聖代 閑にして惟(ただ) 聖代(せいだい)を歌い
老不恨流年 老いて流年(りゅうねん)を恨(うら)みず
静想閑来者 静かに想う 閑来(かんらい)の者
還応我最偏 還(ま)た応(まさ)に 我 最も偏(へん)なるべし
⊂訳⊃
達観している君は 官職を軽くみて
林の近く泉の傍らに 住んでいる
硯を洗えば 池の魚が墨を飲みこみ
茶を立てれば 庭の鶴が湯気を避ける
閑雅な境地で 太平の世を詩に詠い
老いても 過ぎゆく歳月を惜しみはしない
私は思うのだが 君を訪ねて来る者のなかで
一番の偏屈者は やはりこのわたしであろう
⊂ものがたり⊃ 都の高官で詩人である王禹偁や寇準らと同時代に、在野の詩人で唐代の詩に範をとる人々がいました。魏野(ぎや)・潘閬・林逋といった人々で、在朝の詩人とあわせて晩唐派と呼ばれています。詩はむしろ在野の詩人の方に見るべきものがあります。
魏野(960ー1019)はもと蜀(四川省)の人。陝州(河南省三門峡市陝県)に移り住み、生涯を布衣(ほい)として過ごしました。なんによって生活を維持していたのかは不明ですが隠者ではありません。在野の名士として政府ともつながりがあり、詩名は北方の遼にとどくほど有名でした。推薦する人もいましたが、入朝は断わったという逸話があります。真宗の天禧三年(1019)になくなり、享年六十歳です。死後に秘書省著作郎を贈られました。
詩題を「逸人兪大中(ゆだいちゅう)の屋壁(おくへき)に書す」とするテキストがあり、詩中で「達人」と呼ばれている人物は「兪大中」(経歴不詳)という名とみられます。隠者のように描かれていますが、当時は唐代の貴族や高官の末裔で、没落していても生活するのに充分な荘園をもち、官職につかず閑雅をこととする者がいました。「兪大中」もそのような人物でしょう。
五言律詩、はじめの二句は導入部です。まず「達人」(物事を達観している人)と呼んで、友人の暮らしぶりを紹介し、中四句でその暮らしぶりをいろんな角度から描きます。最初の対句で取り上げる硯と茶は風雅な暮らしの象徴です。「魚は墨を呑み」「鶴は煙を避く」という着想は警抜で、傑作として有名です。つぎの対句では閑雅な境地で詩をつくり、齷齪せずに生きている姿を褒めます。
結びの二句は友人の達観した生き方に触発されて思う自分自身のことで、君を訪ねて来る者のなかで、私がやはり世俗から一番遠い人間だなあと友人の生き方に共感してみせるのです。