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ティェンタオの自由訳漢詩 2134

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 晩唐5ー趙嘏
    江楼書感            江楼にて感を書す

  独上江楼思渺然   独り江楼(こうろう)に上れば  思い渺然(びょうぜん)たり
  月光如水水連天   月光(げっこう)  水の如く  水  天に連(つら)なる
  同来翫月人何処   同(とも)に来たりて  月を翫(もてあそ)びし人は何(いず)れの処ぞ
  風景依稀似去年   風景  依稀(いき)として去年に似たり

  ⊂訳⊃
          川辺の楼にひとり上れば   胸の思いは果てしなく拡がる

          月の光は水のように清く    川は流れて天につらなる

          一緒に月を眺めたあの人は どこにいるのだろうか

          景色だけはかつての夜と   いささかも変わりないのに


 ⊂ものがたり⊃ 趙嘏(ちょうか:806?ー852?)は山陽(江蘇省淮安県)の人。武宗の会昌四年(844)、三十九歳のころ進士に及第します。受験中郷里に残してきた愛妾が地もとの太守に見染められたと聞き、悲しむ詩を書いて太守に送りました。詩の出来栄えに感心した太守は妓女を都へ送りましたが、女は都に着いて二晩で死んだといいます。大中年間に渭南(陝西省渭南県)の県尉になり、文名は杜牧に評価されましたが官途は不遇でした。宣宗の大中六年(825)ころ亡くなり、享年四十五歳くらいです。
 詩題の「江楼にて感を書す」は川辺の楼で思いを書きつけるという意味です。高楼の宴会で詠い、壁に書きつけた作品でしょう。「渺然」は広く果てしないさま、「翫月」は月を眺めて楽しむことで、月見のことを観月または玩月といいます。
 「依稀」はそっくり、よく似ている意味で、風景は去年と変わらないのに、あの人だけはここにいないと嘆くのです。

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