中唐95ー柳宗元
酬曹侍御過 曹侍御の象県を過って
象県見寄 寄せられしに酬ゆ
破額山前碧玉流 破額山前(はがくさんぜん) 碧玉(へきぎょく)の流れ
騒人遥駐木蘭舟 騒人(そうじん) 遥かに駐(とど)む 木蘭(もくらん)の舟
春風無限瀟湘意 春風(しゅんぷう)限り無し 瀟湘(しょうしょう)の意(い)
欲采蘋花不自由 蘋花(ひんか)を采(と)らんと欲するも自由ならず
⊂訳⊃
破額山麓に 碧玉色の澄み切った流れ
風雅の士が 木蘭の舟を駐めて詩をくだされた
春風のような暖かい心 屈原のような憂国の思い
せめては浮草の花を摘もうとするが 思うにまかせぬ私です
⊂ものがたり⊃ 元和十二年(817)、四十五歳になった柳宗元は盗賊を平定し、奴婢を解放し、寺を復興して孔廟を修理するなど刺史としての仕事に励んでいます。そこには住民の福祉に心を配る地方官の姿があります。
詩は制昨年不明ですが、春の作です。詩題の「曹侍御」(そうじぎょ)は伝不明、御史台の侍御史(従六品下)でしょう。その曹侍御が柳州にほど近い「象県」(しょうけん:広西壮族自治区象州県)を通りかかり、詩を贈ってきました。「酬」とあるので感謝の気持ちを込めて答える詩です。
「破額山」は柳州を流れる柳江のほとりにあり、象県は柳江の下流、東南50km余のところにあります。「騒人」は屈原の詩『離騒』に基づく語で、風雅を解する人の意味です。「木蘭の舟」の木蘭は屈原の詩にしばしば出てくる佳木であり、ここでは舟の美称として用いてあります。楚辞の雅語をならべて曹侍御が詩を寄せてくれたことに感謝の意を示すのです。
転句は曹侍御の詩の内容を暗にいうもので、そこには春風のような暖かい心と「瀟湘の意」、つまり屈原の詩のような憂国の思いが示されていました。「蘋花」(浮草の花)も屈原の好む佳花であり、国家のために役に立とうと思うが、辺境州の刺史の身ではそれも思うように任せないと歎きます。刺史は管内の行政を自由におこない、行動も自由ですので、「自由ならず」は国家の問題については発言できないという意味です。
酬曹侍御過 曹侍御の象県を過って
象県見寄 寄せられしに酬ゆ
破額山前碧玉流 破額山前(はがくさんぜん) 碧玉(へきぎょく)の流れ
騒人遥駐木蘭舟 騒人(そうじん) 遥かに駐(とど)む 木蘭(もくらん)の舟
春風無限瀟湘意 春風(しゅんぷう)限り無し 瀟湘(しょうしょう)の意(い)
欲采蘋花不自由 蘋花(ひんか)を采(と)らんと欲するも自由ならず
⊂訳⊃
破額山麓に 碧玉色の澄み切った流れ
風雅の士が 木蘭の舟を駐めて詩をくだされた
春風のような暖かい心 屈原のような憂国の思い
せめては浮草の花を摘もうとするが 思うにまかせぬ私です
⊂ものがたり⊃ 元和十二年(817)、四十五歳になった柳宗元は盗賊を平定し、奴婢を解放し、寺を復興して孔廟を修理するなど刺史としての仕事に励んでいます。そこには住民の福祉に心を配る地方官の姿があります。
詩は制昨年不明ですが、春の作です。詩題の「曹侍御」(そうじぎょ)は伝不明、御史台の侍御史(従六品下)でしょう。その曹侍御が柳州にほど近い「象県」(しょうけん:広西壮族自治区象州県)を通りかかり、詩を贈ってきました。「酬」とあるので感謝の気持ちを込めて答える詩です。
「破額山」は柳州を流れる柳江のほとりにあり、象県は柳江の下流、東南50km余のところにあります。「騒人」は屈原の詩『離騒』に基づく語で、風雅を解する人の意味です。「木蘭の舟」の木蘭は屈原の詩にしばしば出てくる佳木であり、ここでは舟の美称として用いてあります。楚辞の雅語をならべて曹侍御が詩を寄せてくれたことに感謝の意を示すのです。
転句は曹侍御の詩の内容を暗にいうもので、そこには春風のような暖かい心と「瀟湘の意」、つまり屈原の詩のような憂国の思いが示されていました。「蘋花」(浮草の花)も屈原の好む佳花であり、国家のために役に立とうと思うが、辺境州の刺史の身ではそれも思うように任せないと歎きます。刺史は管内の行政を自由におこない、行動も自由ですので、「自由ならず」は国家の問題については発言できないという意味です。