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ティェンタオの自由訳漢詩 2046

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 中唐43ー王建
     塞上梅               塞上の梅

  天山路傍一株梅   天山(てんざん)の路傍(ろぼう)   一株(ひとかぶ)の梅
  年年花発黄雲下   年年(ねんねん)花発(はなひら)く 黄雲(こううん)の下(もと)
  昭君已没漢使囘   昭君(しょうくん)已(すで)に没し   漢使(かんし)回(かえ)る
  前後征人惟系馬   前後の征人(せいじん)  惟(た)だ馬を系(つな)ぐ
  日夜風吹満隴頭   日夜(にちや)風吹いて隴頭(ろうとう)に満つ
  還随隴水東西流   還(ま)た隴水(ろうすい)に随いて東西に流る
  此花若近長安路   此の花  若(も)し長安の路(みち)に近くば
  九衢年少無攀処   九衢(きゅうく)の年少   攀(ひ)く処(ところ)無からん

  ⊂訳⊃
          天山の路傍に    一株の梅
          黄塵のなかで     年年歳歳花ひらく
          王昭君は既になく  漢の使者も帰国した
          遠征の兵たちは   この木に馬を繋ぐだけ
          風は日夜に吹いて  隴山のほとりに満ち
          水は隴水に従って  東西に流れる
          もしもこの梅が    長安の近くにあったなら
          都の粋な若者も   手折ったりはできないであろう


 ⊂ものがたり⊃ 王建は文宗の大和初年に陝州(河南省三門峡市)司馬に左遷され、ついで辺塞の軍に従事しました。詩題の「塞上」(さいじょう)は砦のほとり。そこに生えている梅の木を詠います。
 はじめの二句は主題の設定です。起句の「天山」は西方の山といった語感で用いられており、必ずしも天山山脈を意味しません。「年年花発く」は劉希夷「代悲白頭翁」(平成26年1月22日ー25日のブログ参照)の有名な詩句を踏まえています。
 中四句の「昭君」は王昭君のことで、前漢元帝のとき匈奴の呼韓邪単于(こかんやぜんう)に嫁しました。「漢使回る」は中国と西方との通交が絶えたことを意味します。「隴頭」は隴山(陝西省と甘粛省の境の山)の麓のことで、そこに隴水が流れています。以上の四句は昔は人の往来の盛んなところにあった天山の路傍の梅も、いまは寂れたところに生えていると詠うのです。
 結びの二句は仮定による感想で、もしもこの梅が長安の近くに生えているなら、「九衢の年少 攀く処無からん」といいます。ここは梅を美女と読み変えているいるわけで、権門貴家が自分の邸の庭に移植、つまり妻妾にしてしまうであろうから「九衢の年少」(都の若者たち)も手折ったりはできないであろうと詠うのです。

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