中唐41ー朱放
題竹林寺 竹林寺に題す
歳月人間促 歳月(さいげつ) 人間(じんかん)に促(うなが)し
烟霞此地多 烟霞(えんか) 此の地に多し
殷勤竹林寺 殷勤(いんぎん)にす 竹林寺(ちくりんじ)
更得幾囘過 更に幾回(いくかい)か過(よぎ)るを得ん
⊂訳⊃
歳月は 人の世をせき立てるが
この地には ゆたかな霞が立ちこめる
竹林寺の 佇むさまにひたりつつ
再訪の日はあるのかと 惜しみながら歩み去る
⊂ものがたり⊃ 朱放(しゅほう:生没年不詳)は襄州(湖北省襄樊市)の人。はじめ漢水のほとりの街に住んでいましたが飢饉に遭い、剡渓(浙江省嵊県の西南)に移住して隠者の生活を送りました。一時期、江西節度使(江西省南昌市)に招かれて参謀になりますが肌に合わず、辞して帰郷しました。
詩題の「竹林寺」と称する寺は、輝県(河南省)、江陵(湖北省)、廬山(江西省)の三か所にあったといいます。江西節度使の参謀を辞して去るときの作とすれば、廬山の竹林寺になるでしょう。
起承句に感慨があります。歳月に追い立てられるような俗世を嫌い、「烟霞」の立ち込める幽𨗉な環境が好ましいと詠います。だが、二度と訪れる機会はないだろうと思いながら立ち去るのです。
そのご朱放は貞元二年(786)に諸科に及第し、左拾遺に任じる詔書を受けますが辞退し、無官のまま生涯を終えました。『唐詩選』はこの一首をに載せるのみです。
題竹林寺 竹林寺に題す
歳月人間促 歳月(さいげつ) 人間(じんかん)に促(うなが)し
烟霞此地多 烟霞(えんか) 此の地に多し
殷勤竹林寺 殷勤(いんぎん)にす 竹林寺(ちくりんじ)
更得幾囘過 更に幾回(いくかい)か過(よぎ)るを得ん
⊂訳⊃
歳月は 人の世をせき立てるが
この地には ゆたかな霞が立ちこめる
竹林寺の 佇むさまにひたりつつ
再訪の日はあるのかと 惜しみながら歩み去る
⊂ものがたり⊃ 朱放(しゅほう:生没年不詳)は襄州(湖北省襄樊市)の人。はじめ漢水のほとりの街に住んでいましたが飢饉に遭い、剡渓(浙江省嵊県の西南)に移住して隠者の生活を送りました。一時期、江西節度使(江西省南昌市)に招かれて参謀になりますが肌に合わず、辞して帰郷しました。
詩題の「竹林寺」と称する寺は、輝県(河南省)、江陵(湖北省)、廬山(江西省)の三か所にあったといいます。江西節度使の参謀を辞して去るときの作とすれば、廬山の竹林寺になるでしょう。
起承句に感慨があります。歳月に追い立てられるような俗世を嫌い、「烟霞」の立ち込める幽𨗉な環境が好ましいと詠います。だが、二度と訪れる機会はないだろうと思いながら立ち去るのです。
そのご朱放は貞元二年(786)に諸科に及第し、左拾遺に任じる詔書を受けますが辞退し、無官のまま生涯を終えました。『唐詩選』はこの一首をに載せるのみです。