盛唐73ー李頎
題盧五旧居 盧五の旧居に題す
物在人亡無見期 物在れども人亡くして見(まみ)ゆる期(き)無し
?庭繋馬不勝愁 閑庭(かんてい)に馬を繋いで愁(かな)しみに勝(た)えず
窓前緑竹生空地 窓前(そうぜん)の緑竹(りょくちく) 空地(くうち)に生じ
門外青山如旧時 門外(もんがい)の青山(せいざん) 旧時(きゅうじ)の如し
悵望秋天鳴墜葉 悵望(ちょうぼう)する秋天(しゅうてん) 墜葉(ついよう)鳴り
鑽岏枯柳宿寒鴟 鑽岏(さんがん)たる枯柳(こりゅう) 寒鴟(かんし)宿(やど)る
憶君涙落東流水 君を憶(おも)えば涙落つ 東流(とうりゅう)の水
歳歳花開知為誰 歳歳(さいさい)花開くも 知んぬ誰(た)が為(ため)ぞや
〇 六句目の 鑽 は外字になるので同音の字に変えててあります。
本来は 金扁 ではなく 山扁です。
⊂訳⊃
物は変わらずに在るが 人は死ねば会うときはない
静かな庭に馬を繋いで 私は悲しみに沈む
窓前のみどりの竹は 踏む人のない土地に生え
門外のみどりの山は 在りし日の姿のままだ
悲しみつつ仰ぐ秋空に 落ち葉の音
天をつく柳の木には みそさざいの巣
君を想えば涙は流れ 帰らぬ川の水となり
年ごとに花は咲いても 誰のために咲く花か
⊂ものがたり⊃ 詩題の「盧五」(ろご)は別に「司勲盧員外に寄す」という詩があり、同輩の詩人盧象(ろしょう)ではないかとされていますが、詳細は不明です。盧五が死んだあと家を訪れ、壁に書きつけた詩です。
首聯の二句は序の部分で、「物在れども」は物が変わりなく存在すること。盧五の家の「閑庭」(静かな庭)に馬を繋いで悲しみに堪えずと詠います。
中四句二聯の対句は、庭の景を描いて悲しみを表現します。「空地」は人けのない土地、まず庭の竹を見て、遠くの山を見ます。ついで秋空に落ち葉の散る音を聞き、葉の落ちた柳の大木に「鴟」(みそさざい)が巣を架けていると詠います。二連とも整った対句です。
尾聯は結びで、「東流の水」(中国の太河)が東へ流れ、海に注いで帰らないことを詠い、年ごとに花は咲いても見る人はすでにいないと歎きます。詩からは不遇の人生が窺われ、天宝十載(751)に亡くなりました。享年は六十二歳くらいです。
題盧五旧居 盧五の旧居に題す
物在人亡無見期 物在れども人亡くして見(まみ)ゆる期(き)無し
?庭繋馬不勝愁 閑庭(かんてい)に馬を繋いで愁(かな)しみに勝(た)えず
窓前緑竹生空地 窓前(そうぜん)の緑竹(りょくちく) 空地(くうち)に生じ
門外青山如旧時 門外(もんがい)の青山(せいざん) 旧時(きゅうじ)の如し
悵望秋天鳴墜葉 悵望(ちょうぼう)する秋天(しゅうてん) 墜葉(ついよう)鳴り
鑽岏枯柳宿寒鴟 鑽岏(さんがん)たる枯柳(こりゅう) 寒鴟(かんし)宿(やど)る
憶君涙落東流水 君を憶(おも)えば涙落つ 東流(とうりゅう)の水
歳歳花開知為誰 歳歳(さいさい)花開くも 知んぬ誰(た)が為(ため)ぞや
〇 六句目の 鑽 は外字になるので同音の字に変えててあります。
本来は 金扁 ではなく 山扁です。
⊂訳⊃
物は変わらずに在るが 人は死ねば会うときはない
静かな庭に馬を繋いで 私は悲しみに沈む
窓前のみどりの竹は 踏む人のない土地に生え
門外のみどりの山は 在りし日の姿のままだ
悲しみつつ仰ぐ秋空に 落ち葉の音
天をつく柳の木には みそさざいの巣
君を想えば涙は流れ 帰らぬ川の水となり
年ごとに花は咲いても 誰のために咲く花か
⊂ものがたり⊃ 詩題の「盧五」(ろご)は別に「司勲盧員外に寄す」という詩があり、同輩の詩人盧象(ろしょう)ではないかとされていますが、詳細は不明です。盧五が死んだあと家を訪れ、壁に書きつけた詩です。
首聯の二句は序の部分で、「物在れども」は物が変わりなく存在すること。盧五の家の「閑庭」(静かな庭)に馬を繋いで悲しみに堪えずと詠います。
中四句二聯の対句は、庭の景を描いて悲しみを表現します。「空地」は人けのない土地、まず庭の竹を見て、遠くの山を見ます。ついで秋空に落ち葉の散る音を聞き、葉の落ちた柳の大木に「鴟」(みそさざい)が巣を架けていると詠います。二連とも整った対句です。
尾聯は結びで、「東流の水」(中国の太河)が東へ流れ、海に注いで帰らないことを詠い、年ごとに花は咲いても見る人はすでにいないと歎きます。詩からは不遇の人生が窺われ、天宝十載(751)に亡くなりました。享年は六十二歳くらいです。