盛唐41ー王昌齢
送薛大赴安陸 薛大の安陸に赴くを送る
津頭雲雨暗湘山 津頭(しんとう)の雲雨(うんう) 湘山(しょうざん)暗し
遷客離憂楚地顔 遷客(せんきゃく) 憂(うれ)いに離(かか)る 楚地の顔(かんばせ)
遥送扁舟安陸郡 遥かに扁舟(へんしゅう)を送る 安陸郡(あんりくぐん)
天返何処穆陵関 天返(てんぺん) 何(いず)れの処か穆陵関(ぼくりょうかん)ならん
⊂訳⊃
舟つき場の雲と雨 湘山はほの暗い
左遷の身は憂いに罹り 屈原のような顔色だ
遥かなる安陸郡よ わたしは小舟を見送る
空の彼方の穆陵関 どの辺りにあるのだろうか
⊂ものがたり⊃ 王昌齢の離別詩のなかに岳陽(湖南省岳陽市)や武陵(湖南省常徳市)で作られたものがありますので、岳陽や武陵のあたりに流されていたとする説もあります。また、李白の詩によって晩年に龍標(湖南省黔陽県)の県尉に貶されたことが分かっていますので、その途中、岳陽や武陵にとどまったことがあるとも解されています。
詩題の「薛大」(せつだい)は不明です。薛大という人物が「安陸」(湖北省安陸県)に赴くのを見送る詩です。起句の「湘山」は洞庭湖中の島、君山(くんざん)のことですので、「津頭」は岳陽(湖南省岳陽市)の渡津(としん)でしょう。
「遷客」は左遷中の旅人であり、作者自身です。「楚地の顔」は楚辞「漁夫」の句を踏まえており、屈原の憔悴した顔を意味します。「安陸郡」と「穆陵関」は岳陽の北にあり、都にもどる道筋にあたります。薛大は安陸を通って長安に帰るのかも知れず、詩にはそれを見送る悲しみがあります。
送薛大赴安陸 薛大の安陸に赴くを送る
津頭雲雨暗湘山 津頭(しんとう)の雲雨(うんう) 湘山(しょうざん)暗し
遷客離憂楚地顔 遷客(せんきゃく) 憂(うれ)いに離(かか)る 楚地の顔(かんばせ)
遥送扁舟安陸郡 遥かに扁舟(へんしゅう)を送る 安陸郡(あんりくぐん)
天返何処穆陵関 天返(てんぺん) 何(いず)れの処か穆陵関(ぼくりょうかん)ならん
⊂訳⊃
舟つき場の雲と雨 湘山はほの暗い
左遷の身は憂いに罹り 屈原のような顔色だ
遥かなる安陸郡よ わたしは小舟を見送る
空の彼方の穆陵関 どの辺りにあるのだろうか
⊂ものがたり⊃ 王昌齢の離別詩のなかに岳陽(湖南省岳陽市)や武陵(湖南省常徳市)で作られたものがありますので、岳陽や武陵のあたりに流されていたとする説もあります。また、李白の詩によって晩年に龍標(湖南省黔陽県)の県尉に貶されたことが分かっていますので、その途中、岳陽や武陵にとどまったことがあるとも解されています。
詩題の「薛大」(せつだい)は不明です。薛大という人物が「安陸」(湖北省安陸県)に赴くのを見送る詩です。起句の「湘山」は洞庭湖中の島、君山(くんざん)のことですので、「津頭」は岳陽(湖南省岳陽市)の渡津(としん)でしょう。
「遷客」は左遷中の旅人であり、作者自身です。「楚地の顔」は楚辞「漁夫」の句を踏まえており、屈原の憔悴した顔を意味します。「安陸郡」と「穆陵関」は岳陽の北にあり、都にもどる道筋にあたります。薛大は安陸を通って長安に帰るのかも知れず、詩にはそれを見送る悲しみがあります。